母の遺言

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    2021年01月12日

    こんにちは、
    つくしブライダル代表の山﨑静です★
    今日、私の母からの私への遺言をあなたにシェアさせてください…
    ぜひ最後まで読んでいただけると、
    きっと、天国にいる私の母親が喜びと思います♡
         
    38年間、
    いつも私を支えてくれて、
    私が頑張る理由にもなってくれた母が

    “2020年12月30日、
    日本時間18時15分”

    に目をつぶって、
    安永に眠りました。

    今まで、
    しっかり親孝行できなかった分
    最期ぐらいはそばにいようと思って、

    1月26日に会いに行く航空券を既に買っていました。

    しかしながら、
    その願いは叶わなかった。

    結局、母の最期に立ち会えなかったのです。

    1年間胃がんと戦ってきたので、
    いつかはこの日が来るかもと、
    心の準備はしていたものの

    ビデオ電話越しで、母の目が開かない姿を見て、

    人生初の無力感と悲しみと病への憎しみに襲われました…

    私は、母への借りが多すぎでした。

    私が小学校3年生の時、
    あまりの貧しさに

    足の骨が折れてても入院できない父親の看病をしながら、

    家畜の世話と大量の畑仕事も、たった1人で昼も夜もこなしていました。

    そんなに必死に頑張っている理由は全て、

    私含めた子供達がいるからだった…

    私が中学校一年生の時、
    学校ら48キロも離れているため、

    金曜日下校してから帰宅して日曜日に学校へ向かう寮生活でした。

    だけど、
    生活するための最低限の米を買うお金もなかった。

    私は1週間の食べ物が用意できず、いつも泣きながら学校へと向かいましたが、

    途中で母親が家族の食料となる
    とうもろこし🌽を背負って、後ろから追いかけきて、

    酒造りのところで売って、生活費を用意してくれました…

    …………………………………

    母は私のために、
    いつも自分をなくして、
    大きな愛情を与え続けてくれました。

    そんな母親でしたから、
    子供のころから、

    私が大人になってから、
    絶対に立派な人になって、
    親孝行をする!と、

    夢と誓いを抱えて、
    19歳から日本にやって来ました。

    それなのに・・・

    最後に、
    母がこの世から去る時。

    私の顔をみたいはずの母親に顔を合わせることもなく、

    また私の呼び声を聞いて、返事したかったはずなのに、

    それを叶えることができなかった。

    人生を子供のために、
    一生懸命生きてきた母親だったので、悲しい気持ちでたくさんです。

    ……………………………

    そんな形で最期は立ち会えなかったのですが、

    胃がんだと診断を受けてから、
    親孝行をするために2ヶ月ちょっとですが、毎日母と一緒にいました。

    お昼は母を車椅子に座らせて、
    いろんなところへ散歩していました。

    夜は、私がしているお仕事や、
    苦境に立ち向かう時のマインドセットを母に話していました。

    母は、いつも私の話を聞きながら、笑顔で眠りに入っていくことが、私にとってとても幸せな日々でした。

    …………………………………

    12月8日
    日本への帰国予定日でした。
    私は、再度延期するつもりでした。

    だけど、
    母の叱りで泣き泣きと日本に帰ってきました。

    母からは、
    「しずは、もう母の娘だけではない!
    あなたは、あなたの家族と、
    あなたを信じてくれているお客さんたちために生きるんだよ!
    あなたの夢に向かって、
    お仕事に集中しなさい!
    あなたなら、絶対にできるから!
    母は死んだとしても、
    あなたの夢を応援しているから、
    なので、どんなことがあっても、夢は諦めるなよ!」

    これが、
    母と対面して、
    言ってくれた最後の言葉でした!

    今となると、
    これは、まさに母からの遺言でした。

    ………………………………

    ✨私の夢✨

    学校だけでの勉強は、
    お仕事のスキル、生活の最低限の経済力をもたらしてくれますが、
    幸せになれるとは限りません。

    なので、
    私は幸せになりたい女性のために、
    【幸せ女子大学】を作りたい!

    幸せ女子になるためには、「自立・自信・自愛・自保・自由」が必須条件だ!

    この常識を日本にもたらしたい!

    これが、
    母と最後の一緒に寝た最後の夜、
    12月6日の夜に話したことでした。

    今となると、亡くなって行く前に、
    母とのお約束となりました。

    ……………………………

    12月30日
    母との別れから、
    すっと魂が抜けたようになっていましたが、
    スタートアップ大学授業をうけて、

    これから自分が何のために生きて行くか?

    と、問いかけた時に、
    心と脳に、同時に答えが出してくれました。

    それは、
    母に話した夢を叶えて、母に恩返ししよう!

    母の遺言に従って、これからは家族と私のお客様のために生きよう!と

    なので、
    この山﨑静は、
    これからは母との約束を実現するために、母親の遺言に沿って、

    もっと幸せになりたい女子に、
    一生幸せになれるスキルを学べる【幸せ女子大学】に
    人生を捧げていきますので、
    皆様のご応援を、宜しくお願い致します。

    最後まで読んでいただきありがとうございました。
    つくしブライダル代表の山﨑静でした。